ドイツの左派日刊紙 “Junge Welt” に斎藤郁真委員長インタビューが掲載されました!

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国会決戦のさなかの7月1日、斉藤郁真全学連委員長がドイツのジャーナリストのかたからうけたインタビューが8月8日、ドイツの左派日刊紙”Junge Welt”に掲載されました!(上写真:送っていただいた現物)現在の闘いのテーマに加え、かなり踏み込んだ内容となっており必読です。ぜひごらんください!

以下は英語版の和訳です。(わかりやすくするため、一部補足している箇所もあります)

記事原文(ドイツ語、一部省略あり)

インタビュアー・Michael Streitbergさんが寄稿しているブログ(英語、省略なし)

 

【きたる戦争に反対する】
斎藤郁真氏へのインタビュー
―日本の大学における学生の闘い、そして安倍政権の戦争国家化と左翼運動の分裂について
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(東京、ミヒャエル・ストライトベルク)
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この数ヵ月、多くの大学で政治的な抗議行動やデモがまきおこっています。その一方で、警察による学生への弾圧も行われています。何に抗議する運動なのですか?

 いま、安倍政権が衆議院で強行採決した(715日当時)新たな安保法案に対する怒りが社会に満ちています。この法は、自衛隊を海外に派遣することを可能にするものです。政府はまた、大幅な憲法の改悪も計画していますが、これは日本を完全に戦争のできる国にするためのものです。憲法9条によって日本は平和を守るよう義務づけられており、兵力の保持は認められていないにもかかわらずです。

 しかしながらこうして眼前で進行している事態について、キャンパスで学生が反対の声をあげたり、政治的な討論をしたりすることは認められていないのが実情です。例えば、キャンパスで政治的なビラをまくことは禁止されているのです。それでもますます多くの人びとが、もはや黙ってはいられないと声をあげ始めています。

 

制度化された学生自治会があるのですか?それとも、このような非民主的な方法に反対する人たちが自治会のようなかたちで結集しているのですか?

 現在のところ、学生自治会について規定している法律は存在しません。ほとんどの大学で、存在していた学生自治会はつぶされてしまったのです。これは、1960年代、70年代のような強力な学生運動を再び登場させないためにかけられた攻撃でした。わたしたちは、すべての大学に学生自治会を再建するために闘っています。

 

東京にある私立大・法政大学では、大きな学生の闘いが何年にもわたって続けられています。この闘いも、学内の民主主義や学生自治を問うものなのですか?

 全学連は2006年から法政大学で闘ってきました。政治的な学生と大学当局との対立が高まったこの年以降、多くの学生への逮捕や数ヵ月間にわたる拘置所への勾留が行われてきました。それらの攻撃は、キャンパスで集会を開いたり、政治的なビラをまいたり、あるいは2008年に開催された洞爺湖サミット(に加え、文化連盟のメンバーへの不当処分)反対のデモを行った学生にたいして加えられてきたのです。

 こうした活動は大学当局によって厳しく禁止されてきました。学生の自治は奪われ、おこっていることに公然と批判できないようにさせられてきたのです。私立である法政大学は大企業のように経営されており、政治的な抗議行動は経営に悪影響をもたらすからです。

 当初、大学当局は学生たちに、全学連やともに闘うサークル団体である文化連盟の活動に「巻きこまれないように」と警告していました。そして、現総長である田中優子氏は自らの大学の学生に敵対しています。日ごろ出演しているテレビ番組では、安倍や憲法改悪を批判しているにもかかわらずです。

 勾留をはね返し、裁判で無罪を勝ちとった活動家たちもいますが、この闘いは決して終わっていません。

最近、京都大学をはじめとしたほかの大学キャンパスにおいても抗議行動や警察との激突がおこっていますね。この運動は、全国に広がり始めているのですか?

 そもそも、法大闘争は孤立した闘いとしておこったものではありませんでした。当初から、全国の多くの大学の学生が加わり、支援してきた闘いなのです。2006年に逮捕された29人のなかにも、他大学の学生が含まれていました。

全学連はこれらの闘いでどのような役割を果たしているのですか? 政治的な狙いはなんですか?

 先に述べた新たな安保法案は、大学における軍事研究の再開と一体のものです。こうした情勢で、わたしたちの最も中心的な狙いはこうした軍事研究に反対することです。わたしたちは、学生を戦争に動員しようとするいかなる試みにたいしても闘います。

 

大学が、政府の戦争政策や日本軍の設立に手を貸しているということでしょうか?

 まさにそのとおりです。2年前に安倍政権は、産官学共同を促進するという閣議決定を行いました。当初から、そうした産官学共同のプロジェクトの一部だけで20億円もの予算が注ぎこまれ、総額はあっという間に60億円にまで膨れあがろうとしています。さらに今や、米軍と共同研究を行っている大学もあります。

 

そうした攻撃の総体と闘う運動を構築するために、全学連はどのような組織と共闘しているのですか?

 わたしたちは、労働組合運動、特に戦闘的な鉄道労働者の組合である動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)・動労水戸(国鉄水戸動力車労働組合)とともに闘っています。また、福島原発事故をうけて結成された反原発団体であるNAZEN(「すべての原発いますぐなくそう! 全国会議」)とも協力していますし、もちろん、米軍基地建設と闘う沖縄の人びとの闘いも支援しています。沖縄でわたしたちは昨年5月、沖縄大学学生自治会の再建に成功しました。

 

労働組合運動を支援することによって、労働者の闘いとキャンパスでの闘いをつなげようとしているのですか? ドイツでは、多くの左派グループがキャンパスにいますが、主に彼ら自身のことについてしか関心がなく、小さなサブカルチャー文化のなかで特定の位置を占めているにすぎないのです…。

 わたしたちは、労働者と学生の強固な連帯こそが最も重要だと考えています。大学を卒業した学生が全員労働者になるわけではありませんが、大多数は賃金労働者として生計をたてることになります。労働者・学生共同の政治的な行動と闘いにのみ、この社会と政治の状況を変える力があると確信しています。

 

安倍政権の政策は学生運動以外のかたちでの反対運動にも直面していますが、とりわけ日本共産党は安保法制に反対する抗議行動を行っています。反対運動において彼らが果たしている役割については、どう考えていますか?

 まずもって、わたしたちがめざしているのは労働者の自己解放・自己決定です。わたしたちは、労働者が彼ら自身を解放するために、自分たち自身のもっている力を自覚し、仲間を組織する手助けをしたいと考えています。学生運動においてもまた、政治的なものを含めたあらゆるかたちでの抑圧にたいする、学生の自主的な闘いの一助となりたいと考えています。もしほかの組織とこうした基礎的な目標を共有できるなら、間違いなく喜んで協力するでしょう。

日本共産党はそのような組織ではないと考えているのですか? 少なくとも、彼らは安倍政権に反対する国会内の唯一勢力ではありませんか?

 ええ、彼らはそのような組織ではありません。実はわたしたち(というよりは前身の組織)は1950年代、日本共産党と袂を分かっています。決定的な契機をなしたのは、1956年のソ連によるハンガリー侵攻=ハンガリー革命にたいするソ連軍の暴力的弾圧でした。当時ハンガリーでおこったことは、体制(スターリン主義とわたしたちは呼んでいます)にたいする労働者の蜂起だと考えます。いわゆるスターリン主義国家を支配していたのは、労働者ではなく官僚でした。

 当時、学生運動を担っていたほとんどの活動家たちは日本共産党と協力していましたが、共産党から分裂した組織もありました。そして、日本国内におけるできごともまた、これらの分裂の契機となりました。共産党は、その革命的な目標をすべておしつぶし、修正主義的な、議会主義的な道で社会主義を志向する道を選んだのです。彼らはまた、1950年代中盤におこった大きなストライキにおいても悪い役割を果たしました。労働者にたいして、政府と対立しないように促したのです。それ以降、日本共産党は労働者階級にそっぽを向き、国際連帯の原則を破壊してきたとわたしたちは考えています。

 

歴史的な分裂と社会主義国家にたいする評価の違いはいったんおいておくとして、こんにち、全学連と日本共産党との具体的な政治的差異はどこにありますか?

 現在、わたしたちがいかに闘い、いかに組織しなければならないかということとして、その問題もまた非常に具体的になっています。日本共産党はあらゆるところに旗をもって登場しますが、彼らは決して職場やキャンパスでは姿を見せません。わたしたちがともに闘う戦闘的な労働組合・動労千葉の仲間は、職場で労働者と討論し、ビラをまき、ストライキやデモに労働者を結集させます。しかし、共産党はほとんどやりません。彼らの議員は国会では雄弁ですが、職場の闘いには知らんぷりです。闘う意思も、この社会を本当に変革しようという思いももっていないのが日本共産党です。

 

日米安保条約にたいする大きな闘いがまきおこった1960年代には、日本の新左翼は数万人もの活動家を擁していました。日本共産党の左派によるデモや抗議行動には、数十万の人びとが参加しました。こんにち、新左翼はまだまだそのように多くの人びとを引きこむには至っていません。そのことについてはどう考えていますか?

 そのことについては、「革マル派」と名乗る反革命グループが大きな役割を果たしました。彼らもまた、全学連と名乗っています。彼らは学生運動の爆発的な成長に直面して震えあがったのです。なぜなら、自らの政治的影響力の低下を見てとり、そのなかで取り残されることを恐れたからです。1970年以降、彼らはわたしたちや他のグループに対する武装襲撃に踏みきりました。

 

実際、このグループが学生運動や新左翼全体の減少の原因を生みだしたと考えているのですか?

 最大の攻撃はもちろん、国家権力からしかけられたものです。当時においては、数万の学生がそれぞれの大学において、さまざまな自治組織に所属していました。そうした学生たちは程度の差こそあれ、運動に参加していたのです。国家権力はこの運動をその権威にたいする挑戦ととらえ、最後は反撃にうってでました。学生団体にたいする巨大な攻撃が行われました。さらに時を同じくして、労働運動の戦闘的な部分もまた大弾圧の波に直面することになります。学生運動・労働運動を担ってきた多くの指導的な人格が逮捕・投獄されたのです。

 1980年代、全世界的に労働者にたいする新自由主義攻撃がかけられたことも、その攻撃のなかで大きな役割を果たしました。日本においては、非正規職化と民営化の蔓延がもたらされたのです。この過程において、労働運動は大幅に弱体化されました。革マル派はこれを奇貨とし、活動家にたいする暴力をエスカレートさせました。最終的に、彼らは「向こう側」へと移り、国家権力と同じ立場に身をおいたのです。

 

日本では、みなさんの組織と革マル派とのあいだでの内戦、いわゆる「内ゲバ」についてしばしば言及されます。外からみると確かに、そもそも同じ政治潮流から生まれた2つのグループが数十年間にわたって争いつづけ、双方に数十人の犠牲者を出しているというのは信じがたいことです。

 この戦いにたいして左翼内部の衝突とレッテル張りすると、完全に論点を見誤ることになります。

 1970年に革マル派がわたしたちのデモや会議を丸太で襲撃し始めたとき、警察は何もせずに脇で見ているだけでした。集会を開くことにも、革マルのメンバーに襲撃されるのではないかという懸念がありました。政府は彼らを野放しにし、進んで彼らに汚いことをやらせたのです。機関紙で彼らは「政府の弾圧によって弱体化させられている今こそ中核派を攻撃する好機」と主張しました。

 革マル派のこの戦術は、ワイマール共和国における革命的な労働運動にたいして行われたテロルに匹敵するものです。ファシストは左翼の活動家を虐殺しましたが、多くの場合政府は彼らに好き放題やらせ、起訴することもありませんでした。

 さらに、2008年に行われた裁判では、1980年代に強行された日本国有鉄道の民営化に反対する闘いのさなか、革マル派が果たした役割が明らかとなりました。彼らは、労働組合活動家の名を収集し、鉄道会社に密告していたのです。これは、彼らがどちら側に立っていたか、そして現在に至るまで立っているかを鮮明に示しました。

 もちろん、衝突を含めて異なる左翼グループ間でのもめごとはありました。しかしながら、革マル派の暴力は完全にそれらとは別物です。彼らに襲撃されたのはわたしたちだけではなく、攻撃はほかの政治組織にたいしても向けられたのです。

 

ドイツには政治に関心をもつ人びとがたくさんいますが、そうした人たちにさえ、日本で今に至るまで活動的・戦闘的な左翼運動が闘われていることは知られていません。ドイツの労働者や学生が、そうしたキャンパスや職場での闘いを支援するためにできることはなんでしょうか?

 ドイツの労働者・学生のみなさん。ストライキを組織し、資本主義・帝国主義に対してともに闘いましょう! 私たちと同じように生産点から革命的な労働運動・学生運動を甦らせるため、闘うことを訴えます。そのような国際連帯こそが最大の支援です! (以上)

 

(このインタビューは201588日、ドイツの左派日刊紙「ユンゲ・ヴェルト」に掲載されたものです)

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