全学連メールニュース(9月6日)

1⃣ 前進チャンネル
第25回前進チャンネル

第26回前進チャンネル

2⃣ 行動のよびかけ
🔘9.10星野奪還徳島刑務所包囲闘争
日時:9月10日(日)13:30~集会開始、14:30デモ出発 場所:徳島市入田町春田橋たもと河川敷
🔘9.23常磐線開通阻止! いわき闘争
日時:9月23日(土)13:00
場所:平中央公園(いわき市平字三崎1)
🔘10.1ロシア革命100年 記念集会
日時:10月1日(日)13:00~
場所:北とぴあ・さくらホール(JR・東京メトロの王子駅から1~2分)

3⃣ お知らせ
🔘首都圏学生運動復活会議(仮) 第1回定例会議
日時:9月17日(日) 15:00~17:00(終わった後に飯田橋近辺で交流会を行います)
場所:富士見区民館 3F・洋室(千代田区富士見1-6-7)

🔘学習会 「日本国憲法はいかにして出来たか ~憲法成立過程を考える~ 」
日時:9月29日(金)18:00~
場所:九段上集会室・洋室A(千代田区九段南2-9-6)

日刊レーニン80号(9月4日)

    100 年前の本日。ペトログラートのソビエトと労働組合は保釈金を集めてトロツキーを釈放させた。ケレンスキーは追い詰めれトロツキーを釈放せざるを得なかった。軍事法廷検事シャブロフスキーの調査委員会はケレンスキーがコルニーロフの反乱に関わっていた事を示していた。コルニーロフとの戦いにおいてもソビエトとボルシェビキに助けられたケレンスキーは、トロツキーをはじめとしたボルシェビキを投獄し続けるには無理があった。

しかし同時に、ケレンスキーは「対反革命闘争委員会が政府権力にきわめて重大な援助を与えた」ことを認めつつ、同委員会の活動停止を命令した。ケレンスキーはボルシェビキの指導部が保釈されて、同委員会の活動を通じて武装蜂起が準備されるのを恐れたのだ。

しかし、対反革命闘争委員会ーーそれは社会協調派が多数を占めていたがーーは下からの強い圧力をうけ、ケレンスキーの命令に従わないことを決定し、全支部に滑動の継続を命じた。ケレンスキーはこれを黙認する以外なかった。

全学連大会感想②(首都圏学生B)

以前より全学連大会に興味はありましたが、今年初参加しました。

まず、全学連大会で何よりも驚いたのは、学生たちの理論的水準の高さと真剣さです。私自身も、首都圏のある大学で自治会活動に携わっていますが、これほどまで強固な理論武装をし、かつ真剣に学生運動をしている学生たちは見たことはありません。学生運動の印象を塗り替えられると同時に、これまでの私の活動の視野の狭さに愕然としました。今後は、学習を継続して自身の活動を発展させていくとともに、議案書等を知人に読んでもらい、自分の大学での学生運動を質・量ともに拡大していきたいと思います。

また、全学連大会では、各地の大学で活動している学生から各大学の現状報告もありましたが、これを聞いて驚嘆せざるを得ませんでした。なぜならば、どの大学でも行われていることは同一で、まさに私の大学でも経験した事例が他大学でも起こっていたからです。普段の活動はどうしても学内のみに目が向いてしまい、活動の単位も「◯◯大学の学生」という観点になりがちです。しかし、「学生という一つの『階級』」あるいは「『新自由主義大学』という一つの大学」という観点で見れば、起こっていることは、程度の差こそあれ本質的には同一なのです。全学連という組織を媒体にした大学間の連携は、何よりもまず各大学の事例を自分の活動における教材とすることに大いに役立ちます。今後も、全学連が全国学生の情報共有の場となれば、多くの大学で学生運動が発展できると考えています。

大会中の発言・討論はもちろんのこと、宿での意見交換も極めて濃密かつ価値のあるものだったで、思い切って参加して本当に良かったと思っています。初参加者や全学連に批判的な学生でも、排除されるどころか寧ろ歓迎されるほどですので、今年は参加を見送った学生もぜひ来年こそは参加してみてください。絶対に後悔はしません!

全学連大会感想①(首都圏学生A)

私は「共産趣味者」という、みなさんから見ればかなり異質な存在の人間ですが、以前から少し興味があった学生運動についてもっと知りたいと思い、今回参加させていただきました。

私自身、今回は「潜入取材」というような気持ちで臨んでおり、「もしかしたら公安のスパイと疑われてリンチされるのではないか」という不安もほんの少しありました。

しかし、いざ始まってみると私を排斥するようなこともなく、大学の諸問題や沖縄の実情、京大バリストの詳細などを丁寧に教えていただき、むしろ歓迎されているように思いました。

今回の大会に参加して、私はいくつかの認識を改めることとなりました。

例えば、私はデモ活動に対して「左翼は国や大学の方針に反対したいだけだ」という印象を少なからず持っていましたが、みなさんの話を聞き、それにはちゃんとした根拠があり、国や大学にも非があるのだということを強く認識しました。

また、日本のデモ活動でハングルが書かれたプラカードが掲げられていることについて、ネットでは「左翼は反日だから韓国と繋がっている」「在日だ」というような短絡的な考え方が一般常識のようにもなっています。そこまではいかなくとも、私も「なんでだろう」と少し疑問を覚えていましたが、みなさんが労働者の国際連帯を目指していて、あれは韓国の労働者たちだったということを知り、なるほどと納得しました。

他にも、京大バリストはまとめサイトやメディアで言われているほど一般学生にとって迷惑ではなく、むしろ京大生たちはそれを受け入れ楽しんでいたというような話を聞いて驚いたり、移動時のバス車内や大会1日目終了後の宿泊した際の、みなさんの様子を見たり実際に話してみて、和気あいあいとした雰囲気を感じ、「怖いイメージがあったけど、普段は普通の人たちなんだなぁ……(悪い意味ではないです)」と思ったりと、とにかく新しい発見がたくさんありました。

私はみなさんと比べると、(政治的な話に興味がない)一般人に近いと思いますが、ここでその一般人的な視点から見た意見を述べさせていただきます。

まず、みなさんはとても頭が良く、歴史や経済学に詳しかったり、大学や政治の問題点をよく把握していると思います。しかしながら一般人は、そのようなことはあまり詳しくありません。ですから、みなさんがなぜそんなにデモ活動をしているのか、その理由やデモに至った経緯があまり伝わってこず、ただ大学や政府に反発したいだけというように受け取られかねません。もし運動を拡大したいというのなら、まずそういったところから丁寧に説明するべきだと思います。事実、私も今回の大会に参加するまで知らなかったことがたくさんあり、みなさんのお話を聞いて運動の理由や経緯を理解することができました。

また、今はYouTubeの前進チャンネルが比較的成功していると思います。共産趣味者の同志たちの反応もとても良いです。リアルの行動も大切ですが、これからはインターネットを活用していく時代です。前進チャンネルやTwitterなどのSNSで、先述した説明をしたり運動や集会、学習会や討論会などの呼びかけを行うことは効果的だと思います。

また、ニコニコ生放送やツイキャス、YouTube Liveなどを活用し、視聴者と軽く討論会や質疑応答を行うことも可能かと思います。「実際に会うのはちょっと……」という人でも気軽に参加できるので、それをきっかけに運動に参加してくれるかもしれません。

私はみなさんの考えに納得できない部分も少しあり、全面的に支持することはできないのですが、学生運動や労働運動は、権力の暴走を止めるためや意思表示のためのとても大切な行動だと思います。全盛期と比べて国民がかなり萎縮してしまい衰退していますが、米朝戦争を契機とする第三次世界大戦の危機が迫る中、この戦争を止めるために国民が立ち上がり、運動は再び盛り上がりを見せるだろうと思います。

今回は浅学ながら参加させていただきましたが、自分の知識不足を痛感したので、これからは学習会などに参加したり独学で少しずつ勉強し、次回までにみなさんとしっかり討論できるような知識を身につけたいと思います。

17年全学連執行体制

委員長 斎藤郁真(法政大学・法)

 

副委員長 赤嶺知晃(沖縄大学・法経)

 

副委員長 森田寛隆(広島大学・教育)

 

副委員長 武田雄飛丸(法政大学・国際文化)

 

書記長 安田淳敏(京都大学・文)※新

書記次長 森幸一郎(京都大学・理)

よろしくお願いします!

日刊レーニン79号(9月1日)

    100 年前の本日、コルニーロフの反乱は労働者・兵士によって完全に粉砕された。コルニーロフ派の兵士が将校が敵であると知って、将校を信頼することを完全にやめ、軍隊が崩壊したのだ。31 日には、クルイモフ将軍は自殺し、こうして軍首脳部の総反乱は1発も撃たないうちに挫折してしまった。  30 日には、ほぼ大勢は決まっていた。何よりもソビエトが情勢を決定的に左右した。弾圧を跳ね返したボルシェビキがソビエトの主導権をにぎり、労働者を再武装し、兵士を獲得し、コルニーロフを粉砕する唯一の原動力になった。コルニーロフの反乱に対する勝利は、労働者・兵士に圧倒的な高揚と自分たちの力への確信をもたらした。「勇敢な行為や偉業、それにあんな勇気があるなら、全世界を相手に闘うこともできるだろう」と、無数の労働者・兵士が自分たちの英雄的な闘いについて語り合った。

31 日の昨日から、ペトログラート労兵ソビエト総会が行われていた。ボルシェビキが提出した「革命的プロレタリアートと農民の代表からなる政権」を要求する決議を賛成 279 、反対 115 、棄権 50 で採択した。社会協調派の幹部以外の代表が一丸となってのこの決議案を支持した。メンシェビキのツェレテーリが対抗して提出した決議案は、 15 票しか獲得できず、ソビエト幹部会は辞任を表明せざるをえなかった。

また今日、ケレンスキーを首班とする5人の「総裁政府」がつくられ、「ロシア共和国」が宣言された。ケレンスキーはボナパルティズム体制づくりのためにコルニーロフを呼び込み、コルニーロフに首相の位置を脅かされるや、今度はソビエト―ボルシェビキに頼ってコルニーロフの反乱を粉砕せざるをなくなった。総裁政府の誕生とは裏腹に、ケレンスキーの反革命性と無力性、没落はますます明らかとなった。

9月、 10 月革命への序曲がはじまった。