前進チャンネル&メールニュース(9/10)

① 前進チャンネル
第27回
https://www.youtube.com/watch?v=ru2v5AWNItM
第28回
https://www.youtube.com/watch?v=9nsHfp26p0o

② 行動のよびかけ
◎9.23常磐線開通阻止! いわき闘争
日時:9月23日(土)13:00
場所:平中央公園(いわき市平字三崎1)
◎10.1ロシア革命100年 記念集会
日時:10月1日(日)13:00~
場所:北とぴあ・さくらホール(JR・東京メトロの王子駅から1 ~2分)

③ お知らせ
◎首都圏学生運動復活会議(仮) 第1回定例会議
日時:9月17日(日) 15:00~17:00(終わった後に飯田橋近辺で交流会を行い ます)
場所:富士見区民館 3F・洋室(千代田区富士見1-6-7)

◎学習会 「日本国憲法はいかにして出来たか ~憲法成立過程を考える~ 」
日時:9月29日(金)18:00~
場所:九段上集会室・洋室A(千代田区九段南2-9-6)

④ 世の中の動き
◎THAAD追加配備 阻止住民と警官衝突 けが多数
http://news.tv-asahi.co.jp/sph one/news_international/article s/000109478.html

◎米、日韓に武器売却拡大検討…トマホークも
http://www.yomiuri.co.jp/ world/20170909-OYT1T50001.html

◎働きかた法案に「共謀罪」・安保法の手法
http://www.tokyo-np.co.jp/ article/politics/list/201709/ CK2017090902000140.html

◎韓国民主労総、87年労働者大闘争30周年を迎えて記念討論会
http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/knews/00_2017/1504979573706Staff

◎原発事故 福島・双葉郡の住民調査「約6割が無職」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170906/k10011129271000.html

日刊レーニン81号(9月10日)

    100 年前の本日のレーニンは、フィンランドの隠れ家で『さしせまる破局、それとどうたたかうか』を執筆していた。ロシアを破局から防ぐためには革命的な方策が必要であり、そうした方策は社会主義に進む以外にないことを鮮明にさせるためだ。 一方、首都のペトログラートは完全に政治地図が塗り変わった。昨日のペトログラート・ソビエト総会ではボルシェビキの優位が確定した歴史的な会議となった。ソビエト政権を要求し、社会協調派が支配する幹部会に対する不信と幹部会改選を賛成 519 、反対 444 、棄権 67 で決議した。予想を超えたボルシェビキの勝利だった。首都のソビエトはボルシェビキの指導下に入った。

    また、本日はエスエルのペトログラート市協議会で左派が市委員会を独占した。メンシェビキはボルシェビキに入党する党員の急増でやせ細り、残った部分は国際派に掌握された。

全学連大会感想④(首都圏学生C)

セクト系とされる学生団体の「大会」と聴くといいイメージがないのは私だけではないと思います。活動家学生ばっかりの大会だとわけのわからん空理空論の神学論争が繰り広げられてわけがわからないし、かといって一般学生を相手にした大会であったらともすれば大会決議に政治的主張をいれていても提起ではさらっと流してそのまま決を採るようなものもある。どちらにせよなんの意義があるのかよくわからない。その点今回参加させていただいた白ヘルの皆さんの全学連大会はよくバランスがとれていて、ずぶの素人の私も楽しく参加できました。執行部からの提起や各大学の活動家からの報告は、実際に学生と相対する立場での実践に裏打ちされた小さな窓から、理論につらぬかれた大きな景色が見えるようなものでした。とりわけ京都大学の諸活動家からの報告には、一般学生と活動家学生ないしは活動家集団という主体と主体のぶつかり合いの苦闘と、それをのりこえる展望とがしっかりと示されていて、非常に刺激的なものでした。

ところで、参加する前から全学連の姿勢の(いい意味での)「軟化」に驚いています。以前の全学連の発言には自分たちの潮流以外の学生自治組織ないし学生運動をあたかも存在しないかのように扱ったものもあったと思いますが、今年の大会ではかかわりのないだろう自治会(民青全学連も!)にまで招請をしていましたし、(他の方の感想文にも出ていますが)実際に潮流外の学生自治団体からの参加があったことはびっくりです。今おそらく唯一目立った活動をしちる学生運動組織である全学連が、こうして運動のすそ野を広げていっている事実はまさしく目を見張るべきことであるし見習うべきものがあると感じ入っています。

さて、全国の学生が共通してされされている問題ないし「攻撃」については再三とりあげられ、それにたいする大きな景色としての大学ストライキ路線が示されましたが、そこへ向けて如何に全国の学生を具体的に方向づけていくのかという議論が思ったほど多くはありませんでした。これは全学連大会で話すような性質ではない議題だったのかもしれませんが、これはすこし気になりました。活動家の皆さんは当然思想を同じくしているからこのように集まって同じ大きな景色を見ているわけだけれども、それをどのようにアウトリーチしていくのか。小さな窓から入っていくしかないにしても、大会での報告を聴いていてもあるいは私の実感からしても、西日本の学生と東京近郊の学生とが置かれている状況だって著しく異なる部分があるわけですが、それをどう乗り越えていくのか。当然、方針のひとつとして掲げられた「過渡的スローガン」が窓から景色への方向づけであることは重々わかってはいるのですが、それをどう運動のない大学や運動を知らない学生に展開して、学生運動という代物にいかに巻き込んでいくのかというところは是非議論したかったところです。

ともかく、私のように運動や組織のない場所にいる孤立した浅はかな活動家未満の左翼かぶれ学生、にわか共産主義者(あるいは趣味者?)にとっては、白ヘル全学連の皆さんはひとつの指針であるし見本です。ここから一年、この運動が、ひいては学生運動全体が爆発するように、私も共に奮闘していけたらと思います。

全学連大会感想③全学連書記長・安田(京都大)

歴史を動かすものは何か?それは力である。これは何も過去の話ではない。戦争と民営化の唯一の障壁となってきたのは現場とかい離した国会の茶番などではなく妥協しない労働組合・学生自治会の身体を張った闘いである。

国家・資本のおぞましい暴力を受け、労働者階級の死活をかけた闘争は敗北主義と偽善的平和主義の冒涜にさらされることになった。それでも食い下がろうとする勇士は、資本の鎖に容赦なく縛り付けられた。

私の学生運動への本格的な決起は、このような現実に直面し、運動を拡大できずにいた京大同学会に活を入れるところから始まった。今や運動をけん引する立場にある私は、1人、また1人と鎖を壊して立ち上がった新たな先駆者を支え団結を深めることにも力を注がなければならない。

全学連大会では時代認識から具体的方針に至るまで会場全体を巻き込んだ大激論となったが、理論的蓄積も運動の経験も約1年分しかない私にとっては、どの発言も刺激的で重要なものであった。これから改憲阻止決戦・プロレタリア革命の最前線に立つと思うと身体が震えるが、団結と確信の力でやり遂げたい。

全学連メールニュース(9月6日)

1⃣ 前進チャンネル
第25回前進チャンネル

第26回前進チャンネル

2⃣ 行動のよびかけ
🔘9.10星野奪還徳島刑務所包囲闘争
日時:9月10日(日)13:30~集会開始、14:30デモ出発 場所:徳島市入田町春田橋たもと河川敷
🔘9.23常磐線開通阻止! いわき闘争
日時:9月23日(土)13:00
場所:平中央公園(いわき市平字三崎1)
🔘10.1ロシア革命100年 記念集会
日時:10月1日(日)13:00~
場所:北とぴあ・さくらホール(JR・東京メトロの王子駅から1~2分)

3⃣ お知らせ
🔘首都圏学生運動復活会議(仮) 第1回定例会議
日時:9月17日(日) 15:00~17:00(終わった後に飯田橋近辺で交流会を行います)
場所:富士見区民館 3F・洋室(千代田区富士見1-6-7)

🔘学習会 「日本国憲法はいかにして出来たか ~憲法成立過程を考える~ 」
日時:9月29日(金)18:00~
場所:九段上集会室・洋室A(千代田区九段南2-9-6)

日刊レーニン80号(9月4日)

    100 年前の本日。ペトログラートのソビエトと労働組合は保釈金を集めてトロツキーを釈放させた。ケレンスキーは追い詰めれトロツキーを釈放せざるを得なかった。軍事法廷検事シャブロフスキーの調査委員会はケレンスキーがコルニーロフの反乱に関わっていた事を示していた。コルニーロフとの戦いにおいてもソビエトとボルシェビキに助けられたケレンスキーは、トロツキーをはじめとしたボルシェビキを投獄し続けるには無理があった。

しかし同時に、ケレンスキーは「対反革命闘争委員会が政府権力にきわめて重大な援助を与えた」ことを認めつつ、同委員会の活動停止を命令した。ケレンスキーはボルシェビキの指導部が保釈されて、同委員会の活動を通じて武装蜂起が準備されるのを恐れたのだ。

しかし、対反革命闘争委員会ーーそれは社会協調派が多数を占めていたがーーは下からの強い圧力をうけ、ケレンスキーの命令に従わないことを決定し、全支部に滑動の継続を命じた。ケレンスキーはこれを黙認する以外なかった。