日刊レーニン52号(6月16日)

100年前の本日。ケレンスキーは陸軍と艦隊に命令を下した。「数々の勝利につつまれた指導者」である最高司令官を引き合いに出して、「即時、断固たる一撃」をと発し、「諸君に命令する-前進!」と言う言葉で結んだ。しかし、18日の夏期進撃の前に、兵士の政治的活性化と軍的解体は進んでいた。前線でのドイツ軍との交歓も始まっていた。5月全体を通してあらゆる指揮官の報告は「進撃に対する態度は全体的に否定的である」であった。政府は、不服従な兵士と将校に対して軍隊の解体と裁判に打って出たが、戦う事を拒否した兵士は、解体も裁判も恐れなかった。6月、指揮官はだれよりも勇敢に進撃反対の声を上げる兵士を「レーニン派」と称していた。そうした「レーニン派」の兵士には、レーニンがドイツ皇帝・ヴィルヘルムに送り込まれていると真面目に信じている者も多かった。懲罰で威嚇する将校に対して、ある兵士は言った。「前の政府を倒したのだ。ケレンスキーもやっつけるさ」。


写真:戦争の前線で交歓するロシア軍とドイツ軍(1917年12月)。

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