日刊レーニン83号(9月15日)

100年前の本日。ボルシェビキ中央委員会が行われた。全員で16名。武装蜂起の準備を指示したレーニンの手紙が議題に上がった。スターリンが手紙を読み上げた。中央委員会は「武装蜂起」という不意打ちを食らって狼狽した。 カーメネフはレーニンの呼びかけに断固拒否するよう提案した。これにブハーリン、ノギーン、ルイコフなどが続いた。また、スヴェルドロフ、スターリン、ジェルジンスキーなどは、レーニンの呼びかけに正面から反対しなかったが、レーニンの提案に賛成して蜂起を準備しようとしたわけではなかった。トロツキーは武装蜂起は必要であるが、まだその時期ではないと考えていた。
レーニンの意向に反して、手紙を各地区の組織にも伝えることの是非は、次の会議に持ち越された。カーメネフは元の2通以外は破棄するという提案を出し、それは6対4票、棄権6で可決された。そのレーニンの手紙は焼却された。

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