日刊レーニン82号(9月14日)

100 年前の本日のレーニン。レーニンは、フィンランドからロシアの情勢を注意深く見ていた。「時期は来た」と思った。 12 日から本日までボルシェビキ中央委員会に手紙を書き、「ボルシェビキは、両首都の労働者・兵士代表ソビエトで多数を占めたので、国家権力をその手に掌握することができるし、また掌握しなければならない。…『蜂起はひとつの技術である』というマルクスの言葉を思い起こし、考え抜かなければならない」と武装蜂起を日程にのぼらせることを指示した。 同時に、ボルシェビキの日刊紙である『ラボーチー・プーチ』には、レーニンの『革命の一根本問題』が掲載された。

レーニンはエス・エルやメンシェビキを徹底的に批判し、ソビエトが権力を取らなければならないことを主張する。「信念の乏しい者は、この歴史上の実例にまなぶが良い。『われわれは、不可避的にブルジョアジーの擁護に傾かざるをえない古い機構にかわる機構を持たない』と言うものは、恥じるがよい。なぜなら、この機構は存在しているからである。ソビエトがそれである。大衆の創意と自主活動を恐れるな。大衆の革命的組織を信頼せよ。そうすれば、コルニーロフ陰謀に反対する団結と激発となって現れた、労働者と農民のあの力、偉大さ、無敵の威力が、国家生活のすべての分野に見出されるであろう。」(『革命の一根本問題』)

ソビエトが権力をとって労働者、兵士が本当に社会を担えるのか?―この疑問を持ち、蜂起への不安を持っていたのは、実はエス・エルやメンシェビキだけではなかった。それは…。

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