日刊レーニン73号(8月22日)

100 年前の本日。ケレンスキーは、サーンヴィンコフに指令を与えてモギリョーフの大本営に派遣した。その指令は①大本営における将校の反革命的陰謀を一掃する②大本営の政治部を廃止する③ペトログラートとその周辺地域をコルニーロフの司令下から政府の司令下に移し、戒厳令下におくことへの同意をコルニーロフから得る④臨時政府をあらゆる攻撃、とりわけボルシェビキの急襲から防衛するために、騎兵部隊をペトログラートに送ることへの同意をコルニーロフから得ることであった。 ケレンスキーはコルニーロフが計画している反革命反乱の共謀・共犯者だったが、2人の間の権力争いが激化する。 19 日にはコルニーロフが「ペトログラートを私の管轄下に置くことを要求する」という電報を送ってきた。ケレンスキーは、事件が展開する一定の段階でコルニーロフが勝利したら自分たちも放り出されるに違いないと感じた。

ケレンスキーは首都の革命的労働者を粉砕するために、また政府が大本営の手中に陥らないようにし政府の軍事的独立を保つために、騎兵部隊を必要としたのであった。

一方、レーニンは機関士の協力をかりながら機関車の罐焚(かまた)きの助手に変装し、深夜から早朝にかけてペトログラート―ヘルシンキ線の機関車に乗っていた。ロシアとフィンランドの国境を越えるあいだ、レーニンは、機関車の隅で煤にまみれながら石炭をくべるふりをしていた。フィンランド領のテリオキに着くと、レーニンは気軽く地面に飛び降りて、機関士と握手をかわしてから、護衛のラヒヤを従えてフィンランドの首都、ヘルシンキに向かった。

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