日刊レーニン66号(7月24日)

    100 年前の本日。労兵・農ソビエト執行合同会議は、右派=軍事独裁派と左翼=革命派を押さえ込むために「絶対無制限の権限」を政府に与える決議を繰り返していたが、今日ケレンスキーに「無条件で無制限の権限」を与え、第二次連立政府を支持することを決議した。ここに第二次連立政権が誕生した。    第一次連立政権では、社会協調派は少数派だったが、ソビエトをバックにして政府を主導していた。しかし、第二次政権では社会協調派は多数派だが、ソビエトから浮き上がり、政府の主導権を失い、もはやケレンスキーと自由主義者の影にすぎなかった。

他方、レーニンはラズリフ湖対岸の掘建小屋に身を隠しながら、『プラウダ』の代わりに発刊された『 プロレタールスコエ ・ デーロ 』に論文を送り続け、党を指導する。

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